その言葉に愛はあるか。

ことばの生まれるところを掘っています。掘るところ見つかりそうなアラサー。上京日記。

 

真夜中は得意だった。

自分の居どころの無さなんて感じたことなかった。

夜は私と一つでとっても仲良くて

蜜月というやつだったのに。

 

13から18才ぐらいまで、夜のひとりの時間がすきだった。

その時に私は成長していたと思う。

パソコンとにらめっこして、

たくさんの人とチャットをして話して、

ウェブサイトを作って、思うことを書いて、

仲良くなった人たちと狭いコミュニティで、

うだうだ過ごしていた。

パソコン=おたくぐらいのイメージだった時だった。

 

あの頃の私が今も私の中にいる。

最近とても強く思う。

あの時かわしたたくさんの言葉と感情と。

好意と妬みと、羨望と。

好奇心と肯定と守りと。

 

自分は何を考えているのか、

自分のことにとっても興味があった。

何をどう受容するのか。それをどう出すのか。

やっぱり、言葉で今の自分をつかめて出せたときのざわつく感じ。

じゃぁ、なんなのその気持ちは。

どこからくるの、どういうことなの。

それはなんなの。

それをずっとしていた。もっとほかの、もっとぴったりの、もっと私だけの。

 

それが今に至って、コピーライターしてるわけだけど。

通じるところもあれば、まったく通じないところもあり。

むしろ通じていないことの方が多い。

 

こんなこと書こうと全然思っていなかったのに書いている。

本当は、違うこと書きたかったのに。

全然うまくいかない。

 

でも、本当は書きたかったのかもしれない。

私に無いことはこの指先から出てこない。

 

指とキーボードの一致感。

夜と私の一致感。

 

夜とわたしと指とキーボードがすべてだった。

今もそうなんだきっと。

 

夜にしか何も浮かばない。

静かですべてが止まっている時が好き。