その言葉に愛はあるか。

ことばの生まれるところを掘っています。掘るところ見つかりそうなアラサー。上京日記。

悪口の必要性と、企業勤め。

 

 

女の子は物心つくころから、

友達の悪口を言い始める。

その場にいない女の子のこと。

なんでだろうなと思いつつやめることもできない。

 

で、ふと気づいたのが、自分の感覚が周りとあってるのかどうか、

確かめていたのだな。ということ。共感したいわけじゃない。

相手がどういう考えか引き出すのに悪口は一番楽な方法なのだと気付いた。遅い。

あと、ある程度価値観ができると、この価値観はもしかして間違ってた?やばい。

という確認。こういうことをされて変な気持ちになった私が変なのかどうなのか、

向こうが変なのか、ひとりでは確かめようがないから聞くのだ。

 

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大人になってひとり暮らしをして、

こっちで友達ができた。A子にしよう。

A子とは共通の友達がいなくて、

私とA子の一対一の関係からはじまった。

しばらくは仲良くしていた。

というか、今も一緒にいてふつうに楽しい。

気も合うし食の趣味も合う。

長く付き合ってきた友達のような気楽さもある。

珍しいこともあるな。ラッキー恵まれてる。

そう思ってた。

 

 

2年ほどたって、色々相談したりされたり、

していると、なんだか変なこと言うな~。と思うことが増えた。

簡単にいうと自分中心で考えすぎてちょっと怖い。

私がこうなんだから、あの人は私に対してこうするべき。とか言う。

誰もA子のことを一番に考えて動いてなんかいないんだから、

現実受け止めてよ。と私は思う。

あまりにもなんだかなーと思って、

というか、そういうこわい考え方の人と友達になりたくないし、

ちょっと考えあらためてくれないだろうかという期待を込めて

全部の基準が自分で考えすぎだよと伝えたら、

私の人生なのになんで私の基準で考えたらダメなの?

というようなことを言われて、びっくりしてしまった。

そういう風に生きていってもいいけど、苦労すると思うよとまでは言えなかった。

 

こういう感じの価値観は、私の今まで生きていたところでは、

すでに終わった価値観で、あー間違ってたなとかうまくいかなかったな。

だからこれからはこうしようと変わっていく。

昔においてきたような種類の考え方だった。

まだそれを言うのか。という驚きがあった。

そもそも、そういう考え方の子は私の周りにほとんどいない。

そういう子とは仲良く結局なれなかった。

 

でもA子の周りの友達も最近であって、話していると

A子と同じようなことを言っている。おおおおと思った。

 

そこで、私の友達Bに合わせた。そのあと、A子のことを聞いた。

ひっくるめて言うと、なんか、こわくない?と聞いた。

そうすると、うん、そうだね。とB子はいっていた。

それを聞いて私は安心したのだった。

 

 

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2人きりだと小さな疑問でもやもやしたまま、

自分の力で解決しなきゃいけない。

他の友達を連れて来て意見を聞くことで、自分の価値観のブレを知ったり、

肯定してもらって安心してもらわないとやってられないのだ。

 

A子のような真っ向から逆タイプの友達の意見も楽しいし、

なるほどなと思わされることがある。

私にはできないなーと思うようなことをやってのけたり、

言ったりして、おおおおお。と思う。

 

私もどちらかというとA子タイプだったのが、

いろいろ揉みにもまれてB子タイプになっていった。

それはやっぱり人の痛みとか、自分自分がどんどん抜けて

他人の比率がどんどん私の中で増えたからだと思う。

 

自分の人生なんだから、自分が好きなように生きたいと思っていたけれど、

何かとてもじゃないけどそんなこと言えなくなってしまった。

マインドとしてはある。充分ある。

でももう、そんなこと言えない。

なんでこうなったのかなと思うと、社会人になったからだ。

 

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ひとつの仮説なんだけど。

社会人には2種類あって。

企業勤めか、そうでないか。

 

企業勤めは一般企業。

社長がいて、上司同僚後輩取引先等々がいるところ。

もうひとつは、専門職。手に職系。

A子は医療系で小さなクリニックでしか働いたことがない。

 

ここかなと思った。

なんか、社会人だったら通じないよっていうことを平気でたまに言ってくる。

これはもう、めちゃくちゃ偏見だと思う。

生きてくる中で気付いてできる人もたくさんいると思う。

でも、圧倒的にここなんじゃないかとすごく思った。

 

それに気づいたときに、

これから先どんどん価値観が離れていくんじゃないかと不安になる。

社会の風に当たっていない人はそこで止まってしまう。

これも偏見だと思う。

でも私はそうはなりたくないから外に出続ける。

30にもなって話の通じない女になりたくない。

パートナーや友達が社会ではたらいてどんどん新しい価値観を知り、

自分を形成していくのに、自分だけ止まっていて

どんどん周りの話が分からなくなるのは怖い。

 

こわい。大学を卒業して社会人になって企業に勤める時点で、

この怖さはあった。でもそれが30を前にして強まっている。

人としての成長を止めたくない。自分がまだ成長したい。

なのに家庭に入ったり、もっというと子供を産まなければならない。

人は得たものを手放すことほど怖がる。社会性を失うのは怖い。

 

女の晩婚や少子化はここからきてるんじゃないかな。

ふみだしたら、一瞬なんだろうけど、この一歩がどうしても踏める気がしない。

 

この一歩がどんどんどんどん大きくなるんだろう。

私はいつ踏むんだろうと、悪口の話からここまで来てしまった。